意外な事実満載?! 新幹線の歴史とは

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新幹線の前身

日本が鉄道を開業してから、朝鮮半島や当時の中国東北部にあたる満州の鉄道の規格と日本の鉄道との規格統一が計画されました。明治時代の終わりからは、列車の高速化のためにレール幅1432mmの広軌の標準軌へ変更されることが計画されていましたが、これは政治的な闘争の材料となっており、会議が始まってはそれが中止してしまうという事態が何度も繰り返されたのです。

しかし、1939年の昭和14年には東海道本線と山陽本線の輸送力がひっ迫していました。そのため、広軌新線建設、それから高速列車が計画されました。そのために、用地買収に加えて一部のトンネルの建設も進められました。

この高速列車計画は「弾丸列車」と呼ばれ、着々と建設へ向けた流れが作られていましたが、当時行われていた太平洋戦争において、日本の戦況が悪化してしまいます。そのため、その計画は断念せざるを得なくなりました。その計画で使われる予定だった買収した用地ルートや着工済みのトンネルは、東海道新幹線に活用されることになります。

太平洋戦争の戦況の悪化により、弾丸列車と名付けられた高速列車は、日本の線路のレール幅を標準軌にしようという政治的な流れも関係して計画されていました。このような歴史が東海道新幹線に含まれているのです。